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PRE STORY 朱里と唯

 ……嫌な奴と、目が合ってしまった。

 彼が所属する魔術組織本部の、決して狭くはない建物の中で、険悪な関係をかれこれ十年以上も続けている人物と遭遇してしまった不運に、少年――真名瀬唯(まなせ・ゆい)は思わず舌打ちする。唯の後ろに付き従って報告を続けていた部下が、不測の事態に思わず言葉を失い、緊張の息を呑むのが分かった。
 嫌味なほどに落ち着き払った足取りで、長い回廊の向かいからこちらに近づく、姿勢を正した長身の青年。
 父方の従兄である、彼――鳳城朱里(ほうじょう・しゅり)と唯の仲が悪いことは、彼らの所属する魔術組織の中で既に周知の事実となっている。唯の下に配属されて日が浅いはずの部下の男が、この出会いに極度の緊張を示したのも無理はない。
 唯と朱里が顔を合わせる機会は少なかったが、その数少ない接近のたびに朱里は人目をはばかることなく、唯の怒りを煽る挑発の言葉を投げつけてきた。
 口を開けば辛辣な嫌味をぶつける従兄と今さら交わす言葉もない。朱里の存在を無視して、唯は足早にその場を通り過ぎようとする。
 しかし――
「唯、おまえ、今日も一人で《精霊》を狩ったそうだな」
「…………」
 やはり、朱里は唯を黙って通してくれないらしい。
 威圧するように見下ろす冷たい視線を、唯は硬質なまなざしで弾き返す。
「任務は果たした。オレがどう戦おうと、おまえには関係ないだろう」
「関係ない……だと? 馬鹿なことを――」
 会話を断とうと投げた唯の言葉を、朱里は冷ややかに一蹴する。
「関係はある。おまえの失態は、おまえ一人の評判を落とすことに留まらない。おまえの任務の成否が組織の沽券に関わることを、もっと自覚しろ」
「言われなくても、そんなことは分かっている! オレがこれまで任務に失敗したことがあったか?」
「今までは無かった。だが、この先も無いとは言い切れない。分かっていると言うなら、それを行動で示してもらいたいものだ」
「…………!」
「他の者と力を合わせることも出来ない人間に、組織を率いてゆく資質があるとは思えない。おまえがそのまま変わらないなら、俺はおまえを認めない。認めて欲しければ俺を納得させるだけの結果を示せ」
「言われるまでもない。オレはかならず、皆にオレの力を認めさせてみせる……!」
「結構なことだ。おまえに期待する人間の信頼を裏切らぬよう、せいぜい気をつけろ」
「ああ、そうするよ。――行くぞ」
 会話の成り行きをハラハラした様子で見守っていた部下にそっけなく命じると、唯は後ろも見ずに歩き出した。冷たく容赦のない朱里の視線を張りつめた背中に感じながら、唯は高ぶる気持ちを抑えようと息を詰める。

 ――いかなる時も冷静さを失うな。
 激情に流され、判断を誤ることの無いように。心は水のようにあれ。
 忌々しいほど強く唯の中に刻まれた教えが、胸をかき乱す思いを強引にねじ伏せる。

 ふと、思う。
 事あるごとに唯の心を試す態度を示すあの朱里に、自分の存在を認めさせることが出来れば、何かが変わるだろうか、と。
 ……分からない。
 今はただ、任務を遂行することだけを考え、前に進むしか道はない。
 昂然と顔を上げ、真っ直ぐ前だけを見つめて、唯は行く手に長々と続く石畳の回廊を、ひたむきに歩き続けた。


※文章等の転載はご遠慮下さい。
(このssは、「微熱王子」さまに掲載されたものの再録です)



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